川崎球場

October 05, 2016

川崎球場:ボクの思い出STADIUM:中日スポーツ(CHUNICHI Web) http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/column/omoidestadium/CK2016100502000235.html
>2016年10月5日 紙面から
>【アラカルト】川崎球場
>▼所在地 川崎市川崎区富士見2−1−9
>▼開場 1952(昭和27)年4月3日。初のプロ野球公式戦として東急−大映を開催
>▼規模 両翼90メートル、中堅120メートル、収容人員3万人
>▼本拠球団 高橋ユニオンズ(54〜56年)、大洋(55〜77年)、ロッテ(78〜91年)
>▼一本足 62年7月1日の大洋とのダブルヘッダー第1試合で、巨人・王貞治が放った通算47本目が、一本足打法での初本塁打
PK2016100502100139_size0(左)川崎球場のさよならセレモニーで子供たちによって作られた「アリガトウ」の人文字=2000年3月、中日新聞社ヘリ「わかづる」から撮影(右)右手中央に位置するのが富士通スタジアム川崎。青いスタンドが陽光にきらめく=今年8月、中日新聞社ヘリ「まなづる」から撮影 http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/column/omoidestadium/images/PK2016100502100139_size0.jpg
>▼現在 92年7月4日のロッテ−近鉄が最後の1軍公式戦。00年4月以降に大規模改修し、昨年4月からは川崎市所有、川崎フロンターレが運営する「富士通スタジアム川崎」として、アメリカンフットボールなどスポーツ大会を開催
>(次回は11月2日掲載)

伝説の10.19を手始めに、球場にまつわる諸々のエピソードが次々と語られるのが記事の主文であるのは言うまでもないが、何せこちとらヒネクレ者にしてバクチ好き、2枚目の画像の奥に競輪場が映ってるのを見るだけで無条件に嬉しくなってしまうのだ。もうちょっと「引き」で撮ってくれれば競馬場も入ったのに何とももったいない…って、記事や撮影の目的からするとないものネダリに過ぎない、と解ってはいるんだけども(´-`).。oO

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December 19, 2014

今こそ、80年代パ・リーグを熱く語れ! あの熱気、“珍都市伝説”はなぜ生まれたのか?|週プレNEWS http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/19/40722/
>[2014年12月19日]
>80年代パ・リーグ。それは、全国放送もない世界の隅っこで男たちの意地とプライドが飛び交う、異様な熱気に支配された独特の世界だった。
>“実力のパ”をうたうとおり、単純に“誰が一番強いのか?”を追い求めた意地の張り合いは、例えばロッテ・村田兆治が直球一本で南海・門田博光に挑み、迎える門田も村田の球を弾き返すためホンモノの鉄球を打ち込み血をしたたらせる。そんな鬼たちの世界だった。
>ルックスも、パ・リーグの「パ」はパンチのパかと思うほどパンチパーマにあふれ、これにダブルのスーツ、金のネックレス&ロレックス、黒塗りベンツと、そのファッションは任侠の世界そのもの。
>まるで、リアル“あぶさん”の如く二日酔いでホームランを打つ人間の凄味(すごみ)。銀座に飲みに行くため早く終わらそうと技術を凝らす妙味。そんな生身すぎる明快さと、勝負に対する狂気的なエゴが異様な熱気となっていたのである。
>だが、球場はガラガラ、テレビ中継はほぼゼローー。グラウンドでは前日の酒がほのかに残るパンチパーマの男たちが、己のプライドをかけて、むき出しの感情をぶつけ合うが…。
>スタンドでは流しそうめんが行なわれ、「球場の売店で閑古鳥が焼き鳥として売られていた」とも噂される当時のパ・リーグ。
>大阪球場では「ガラガラすぎて三塁側のスタンドから一塁側にいたビールの売り子を呼べた」、川崎競輪に隣接する川崎球場では「打鐘(じゃん)が鳴るたびにお客が競輪を見にスタンド上部に上っていた」「日曜日にロッテがビックリマンチョコを配布するも、配り終えたら誰もいなくなってしまった」との逸話も。
>実際、川崎球場の外野席ではキャッチポールする学生たちすらいたほどだ。
>このほか「阪急沿線のとある駅には試合日になると“ご自由にお取りください”と西宮球場のタダ券が放置されていた」「パ・リーグの球場は西武(球場)以外サンポールのニオイ」などなど、今では想像もつかない情緒的光景があったのだ。
>今となっては懐かしい、嘘のような漫画のような世界だが、なぜか愛おしくも語り継ぎたい風景がそこにはある。
>(取材・文/パシフィック・リーグ1980研究会)

80年代までは野球人気は巨人一強で、「アンチ巨人」という人種も少なからず居たほどだ。だからシーズンで巨人と対戦しないパ・リーグは、必然的に人気面では蚊帳の外だった。

 >川崎競輪に隣接する川崎球場では「打鐘(じゃん)が鳴るたびに
  お客が競輪を見にスタンド上部に上っていた」

当時は競輪もそれなりの人気だった…が、レースそのものに関心があった訳では全くない。競輪を観たいやりたい人は最初からそっちに行くのだからして。タダ券で暇潰しのためだけに野球場に来るような人が退屈して、そんな時に、たまたま隣に有った競輪場が格好のチェンジオヴペースとして機能したというだけだ。別に競輪でなくても、競艇でもオートでも何でも良かったのだし、そもそも彼らは競輪の何たるかも解ってなかったろう。
 競輪ネタではもう一つ、

 >「試合日になると“ご自由にお取りください”と西宮球場のタダ券が
  放置されていた」

どこの球団もタダ券は撒いてたと思うが、こうまでアカラサマにやってたのか。そしてこの当時、西宮球場はどっちが本業なのか、野球の非試合日にグラウンド上バンクを設置して競輪を開催してた。組立も解体も結構なコストが掛かって、それでも野球開催より儲かったそうだ(だから球団や選手も文句を言えなかった)。…改めて、当時のパリーグのファンタジー振りが伺えるな( ´-`)y-~~~

ジ・アザー・サイド・オブ・ミッドナイト:ライヴ・イン・ニュー・オーリンズ
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販売元:Pヴァイン
発売日:2011-04-26

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November 15, 2010

 大相撲の人気の長期低落傾向(視聴率ではなく観客動員数)は今に始まったこっちゃなく、さらに九州場所は元々客入りが悪い。そこに降って湧いた白鵬連勝記録挑戦の特需だったのに、まさかの負けでドッチラケ。明日以降悲惨な客入りになりそうな。今日ですら砂被りが満員でない、まあ平日の昼下がりだし不景気だし、と強弁するとして、しかしたまにロングで映す2階席といったら、往年の川崎球場を思わせる。そのうち流しソーメン持ち込んで、NHKで全国映ってる中でやるヤツ現れるんじゃないか。
 で、そのあまりの光景を笑い合いつつ、同僚に西武園競輪場の話をしてやった。スタンドにぐるりと屋根が付いてるが、別にドームじゃないから場所によっては直射日光が当たるし雨も吹き込む。しかも西武園は一般的な競輪場と違って、東京ドームの様に外周部から入ってバンク側に降りて行く構造、車券売場や売店も外周部にある。なもんで、バンクかぶり付きで観てると、車券買いに行く都度スタンドの一番下と上をエッチラオッチラ往復しなければならない。でもって競輪は3競オートの中で一番客層が高く、かくてほとんどの客はスタンドの一番上に分布する事に。結果、レース画像の2コーナーから4コーナーに掛けてスタンドが映り込むが、そこには人っ子一人居ない(1台のカメラに全選手捉えるため『引き』の画角となる。周長400mのため、競馬中継の向正面のように上下横長二分割画面にしても意味がない)。もちろん観客は居て選手名とかを叫んでる、しかも屋根に反響して、実況音声がマスクされるぐらいデカい声援が飛んでるのだが、画面だけ視ると無観客競走。初めて視た人は「競馬のゲート音みたく、SEで声援被せてんじゃね?」と疑問を抱くほどに、違和感ありまくり映像。
 …ええ、同僚にはウケてました。真面目な話、こういうバカネタの方が関心持ってもらえるし、ファン拡大にも近道な気がするんだが( ´-`)y-~~~

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