岡部幸雄

November 14, 2015

【甘口辛口】「日本の騎手はまだまだダメ」 “美しくない騎乗”が横行する現状 http://www.sanspo.com/etc/news/20151113/amk15111305000001-n1.html
>2015.11.13 05:00
>中山競馬場近くにある故野平祐二元調教師の自宅は「野平サロン」と呼ばれていた。競馬が開催される日曜日には、レースが終わると佐野洋、山口瞳、寺山修司、虫明亜呂無、本田靖春、大橋巨泉ら作家や文化人、馬主や騎手が集まって競馬談議に花を咲かせたからだ。
>そんな野平サロンの様子を岡部幸雄元騎手と週刊ギャロップ初代編集長の芹澤邦雄さんが8日、東京競馬場のJRA競馬博物館のイベントで語った。「玄関は来客の靴であふれていた。野平邸に呼ばれるのが夢で、声が掛かったのは騎手になって10年」と岡部さん。芹澤さんは「長手綱でもリズムをつかんで馬とコンタクトを取れるのが一流の騎手、と祐ちゃんは話していた」。
>「“祐ちゃんの長手綱”と最初に書いたのは自分。祐ちゃんが乗ると、馬が興奮しないし行きたがらない」とは、イベントにビデオ出演した大橋巨泉さん。それについて岡部さんは「長手綱ではあるけれど、手綱がぶらんぶらんではない。『きれいに乗って、きれいに勝て』と言われた」。
>今のレースを見ていると、「美しく乗ろう」と思っている騎手は少数派のようだ。直線で馬を追っているときも手綱はぶらんぶらん。ダンスみたいに馬上でお尻を上下にトントンさせて追っている騎手が多い。
>野平さんの薫陶を受けた故後藤浩輝騎手は「“お尻トントン”はムチと同じように刺激を受けるから馬が動くけど、腰が悪くなるなど馬への負担が大きい。なにより美しくない」と批判的だった。
>“美しくない騎乗”が横行している現状に対し野平さんは、9日に急死した芹澤さんとともに「日本の騎手はまだまだダメ」と天国で嘆いていることだろう。(鈴木学)
>(紙面から)

ずいぶん一方的な物言いだな。テレ朝『ロンドンハーツ』で、企画でカンニング竹山が女装した事があったが、
f4817909.jpg(拾い画像)
アフリカ系の男性からすると絶世の美女なのだそうな。美醜の感覚はそれぞれで、だからあの尻トントンだって見方によっては美しいと取る人がいてもおかしくはないだろうに。
 いやまあこれは理屈で、俺だって岡部のフォームは美しいとは思う(野平祐二のそれは、さすがに俺も現役時を知らない)。敢えて誰とは言わないが、尻トントンと馬を追う動きとがチグハグで、逆に引っ張り殺してるように見える騎手がいるのも確かだ。でも岩田康誠や川田将雅のようにそれで勝ちまくってる騎手もいる、それは1ヶでも上の着順を目指して遮二無二追うために見た目の美しさを捨てたのであって、それを「機能美」と言う事だって出来るだろう。そもそも野平の言う「きれいに乗って、きれいに勝て」なる言葉は『勝て』に主眼がある筈だ。どんなに騎乗フォームが綺麗でも、そのせいで着順が悪くなってちゃ本末転倒だ。後藤浩輝は「尻トントンは馬への負担が大きい」と批判的だったそうだが、それこそ馬の能力を余すところなく引き出してる事の証左ではないか。福永洋一だって、全盛期には「洋一が三回続けて乗ったら(能力を出し切って余力がなくなるため)馬が壊れる」と言われてたと言うし。何より競馬は馬券を買う客がいて初めて成り立つビジネスで、その立場からすれば、1ヶでも上の着順を目指す姿勢は評価されこそすれ非難される性質のものでは決してない。尻トントンを見苦しいと思うのは、主観だからそれは構わない。でもこう一方的に非難されるとちょっとなあ…( ´-`)y-~~~

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August 31, 2013

トウカイテイオー急死…25歳、急性心不全 http://race.sanspo.com/keiba/news/20130831/etc13083105050001-n1.html
>2013.8.31 05:04
dc7feb25.jpg 【91年ダービー 無傷6連勝で2冠】デビューから6連勝でダービーを制覇。額の流星と長い前髪がトレードマークだった。鞍上の安田隆行騎手(現調教師)は2冠制覇を示すVサイン http://race.sanspo.com/keiba/images/20130831/etc13083105050001-p1.jpg
c06b507b.jpg 【91年皐月賞 1馬身差完勝で1冠】デビュー以降初めてステッキを入れられて本気になった。1馬身差の完勝で無傷の5戦5勝。クラシック1冠目を制した http://race.sanspo.com/keiba/images/20130831/etc13083105050001-p2.jpg
e8e8a3e3.jpg 【92年ジャパンC 史上最高メンバー撃破】ジャパンC史上最高と言われた外国勢を撃破。岡部幸雄騎手が騎乗したトウカイテイオー(左)はナチュラリズムとの叩き合いをクビ差制し、GI3勝目 http://race.sanspo.com/keiba/images/20130831/etc13083105050001-p3.jpg
27db3190.jpg 【93年有馬記念 364日ぶり出走感動ラストラン】GI馬8頭がそろった有馬記念。好位を進んだトウカイテイオー(左から3頭目)は、先に抜け出したビワハヤヒデをゴール前でかわし、奇跡の復活V http://race.sanspo.com/keiba/images/20130831/etc13083105050001-p4.jpg
4ae7ff51.jpg 08年の種牡馬展示会でのトウカイテイオー。凛とした表情は現役時と変わらない。引退後もファンの多い馬だった http://race.sanspo.com/keiba/images/20130831/etc13083105050001-p5.jpg
>“帝王”逝く−。1990年代初頭に競馬ファンを熱狂させたトウカイテイオー(牡、父シンボリルドルフ)が30日午後3時30分頃、急性心不全のため繋養先の北海道安平町の社台スタリオンステーションで死んだ。25歳だった。91年の皐月賞、ダービーの2冠、92年のジャパンCを制し、けがから1年ぶりに復帰した93年の有馬記念では奇跡の勝利をおさめた。GI4勝の記録とともに記憶に残る名馬だった。
>「驚きました。今年も頭数は少ないながらも、種付けをしていたし、大きな病気もしたことがなくて、元気だったんですが…」
>社台SS事務局の徳武英介さんも驚きを隠せない様子だった。25歳は人間にすれば80歳くらい。天寿をまっとうしたと考えられるが、父シンボリルドルフは30歳で亡くなっただけに、“早すぎる”と衝撃は大きかった。
>中央競馬史上初の無敗の3冠馬となったシンボリルドルフの初年度産駒として1988年に誕生。無傷で91年の皐月賞、ダービーの2冠を制したが、骨折で菊花賞は出走できず。皇帝と呼ばれた父に続くことはできなかった。
>古馬になると、父の主戦を務めた岡部幸雄騎手とコンビを組み、92年のジャパンCで優勝。93年の有馬記念は前年に11着に敗れて以来、約1年ぶりの出走。ファンの多いテイオーだけに単勝こそ4番人気だったが、下馬評は低かった。不利な状況、常識を覆して、テイオーは直線で1番人気のビワハヤヒデと死闘を繰り広げてV。奇跡の復活と呼ばれた。中363日でのGI勝利はJRAの最長記録。3度の骨折などけがを克服し、挫折を乗り越えて走る姿に多くのファンは涙した。
>引退後は95年から社台SSで種牡馬となり2002年のマイルCSを勝ったトウカイポイント、03年阪神JFのヤマニンシュクルとGI馬を出したが、ここ数年はオーナー関係の数頭に種付けをする程度になっていた。
>社台SSの徳武さんは「本当に人気があって問い合わせが多かった。ファンの期待に応えるほどとは言いませんがGI馬も出してくれました。ハンサムな顔立ちで競馬ファンを増やしてくれた功労馬だと思います」と、死を悼んだ。
>オグリキャップ引退後の競馬ブームを支えた名馬トウカイテイオー。不屈の天才ホースが駆け抜けた姿は、多くのファンの記憶に刻み込まれている。
>現役時代に管理した元調教師の松元省一氏 「管理したなかで一番の馬だった。思い出はそれこそ数えきれないほどある。ジャパンCを勝ったことが一番うれしかった。当時としてはすごいメンバーだったからね。悔しい思い出もあるが、かわいそうなことをしたのは春の天皇賞(92年=5着)。距離や当時の京都の馬場を考えずに使った。今でも悔いている」
>■トウカイテイオー
>父シンボリルドルフ、母トウカイナチユラル、母の父ナイスダンサー。栗東・松元省一厩舎に所属。1988年、北海道新冠町・長浜牧場生産の牡25歳。馬主は内村正則氏。戦績は12戦9勝で重賞は91年の皐月賞(GI)、日本ダービー(GI)、92年の産経大阪杯(GII)、ジャパンC(GI)、93年の有馬記念(GI)。総獲得賞金は6億2563万3000円。95年に顕彰馬に選出された。

普段は冷静沈着な事で知られる岡部幸雄が、92年の天皇賞(春)で追い切り後に「このまま地の果てまで走って行きたい」と高揚してコメントし「あの岡部が!」と競馬関係者やマスコミ、ファンを大いに驚かせたエピソードはつとに有名。翌年暮れの有馬は馬連付いた割に単勝が安く、やっぱ応援馬券で単買ってた人多かったんかね、と社で語らったものだ。
 俺的思い出はダービーで逆らった事、テイオーの負ける展開になるならコガネパワーしか無い!と単勝10万、自信満々でブチ込んだ。結果は4着だが、テイオーの負ける展開にならなかったのだからしょうがないし、今でもこの馬券は間違いではないと確信している、胸を張れる。ってこりゃテイオーよりコガネパワーのエピソードか。とまれ合掌(-人-)

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April 20, 2013

 後れ馳せながら、先週出てた競馬最強の法則の最新号を読んだ。

 競馬最強の法則 2013年 05月号 [雑誌]
 
競馬最強の法則 2013年 05月号 [雑誌]

 販売元:ベストセラーズ
 発売日:2013-04-13

アンカツこと安藤勝己の天皇賞(春)の見解が面白かった。中継番組にたまに出てパドック解説してるの聞いてると全頭上辺だけ誉めてる感じで「この人は調教師にならないで正解だったわ」と思ったものだが、こうしてみるとアンカツって強い馬を作るって事には一切興味が無くて、あくまでも「自分は『乗り役』だ」っつう意識なんだろう。岡部幸雄が馬優勢主義を説いて以後それが主流となりアンカツ的考えの持ち主は少数派となってしまったが、どっちが正しいとか上下とかでなく、とにかくスタンスが違うって事だ。(元)騎手としてゴールドシップの強味と弱味はこう、だから○○(←ネタバレ防止のため伏せる)にもチャンスは有る、という見立てが正しいかどうかはさて置き、やっぱアンカツすげぇ人だったんだな、と再認識。
 それはともかく、俺的ツボは同誌名物コラム『今月の地獄の早耳』のうちの一本、ダービーニュース廃刊に関する記事。気になったポイントだけ書き抜く。

 >「JRAによるとね、本当は坂路だけでなく、他の調教コースでもGPSを
   使った自動タイム測定ができるんだって。でもそれをやらないのは、
   専門紙TMに配慮してのことなんだよ。自動計測ができてしまえば、
   時計班は必要なくなってしまう。でも、このまま多くの人員を抱えて
   いると競馬新聞社は潰れてしまうし、かといって時計班をリストラ
   すればTMたちが路頭に迷うことになる。どっちにしても前途は
   厳しいといわざるを得ないね」(美浦の有力調教師)

確かに。一日12レース×16頭として計192頭、坂路調教馬が半分としても約100頭。また、今週出走予定がな無い馬も調教はしてるから、毎週2〜300頭は追い切り時計は出してる筈。で、スポーツ紙は最小限の人数で回すため記者はコメント取りのみで時計班は存在しない、調教タイムは専門紙から買っている(重賞出走馬の脚色を見る程度)。で、この調教時計販売が無くなったら確かに専門紙、もう売りモノないよなぁ。紙面構成見たって専門紙でしか得られないものって特にない、どうしてもこの人の予想を見たいっていう魅力有る予想家頼みだもんな。ビジネスモデルとしては完全に詰んでいる。地方のオートレース場や競輪場行くと専門紙無いトコも珍しくない、JRAだってエイトとブック以外は潰れても驚けない…あまり想像したくはないが( ´-`)y-~~~
ファースト・タイム・アウト
ファースト・タイム・アウト

アーティスト:クレア・フィッシャー
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2011-04-20

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December 27, 2012

青木芳之騎手が自殺か 95年デビュー35歳 http://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20121227-1064710.html
>青木芳之騎手(35)が横浜市金沢区の自宅で死亡していたことが26日、分かった。自殺とみられる。金沢署によると25日午前、電話に出ないのを心配した父親が自宅を訪れ、死んでいるのを見つけた。
>近しい関係者によると、騎手を続けるか調教助手に転向するかで葛藤があり、最後まで騎手にこだわっていた。また海外で免許を取って外国に本拠を移すことも考えていた。9月に電話で話したときはすごく元気だったという。今年は7戦0勝。4月15日に阪神で1鞍乗った後、騎乗していなかった。
>95年に美浦・藤沢和厩舎からデビュー。96年に32勝を挙げ、フェアプレー賞を受賞。01年からフリーとなった。全厩舎に自分が騎乗したレースのDVDを配って顔を売るなど、騎乗依頼を得る努力を惜しまなかった。05年から約1年半オーストラリアで騎乗し、09年には韓国で短期免許を取得して参戦、海外での騎乗経験も多かった。JRA通算1831戦106勝。
>[2012年12月27日8時5分 紙面から]

訃報自体は昨夕のうちに上がってたが、死因について触れられてなかったためネットでは自殺説が飛び交い、おそらくそうなのだろうと思いつつも実際マスコミソースで出ると何ともやりきれない(´・ω・`)
 騎手学校時代は優秀生徒として表彰されたと記憶する。だからだろう日の出の勢いの藤沢和厩舎に配属され、2年目には32勝をマークと来れば薔薇色の未来が待っている…訳ではなかった。この頃の同厩舎は岡部幸雄という大巨匠が主戦ジョッキー、他にもいわゆる岡部ラインのフリー騎手への騎乗以来がほとんどで、同時開催のローカルでもない限りレースに乗れない実質調教助手状態。将来を嘱望されてた人間としては満足出来るものではなかっただろう。より騎乗機会を求めフリーになったのは兄弟子・橋本広喜が引退するより前の事だ。昨今、個人馬主の衰退に取って変わるクラブ馬主で騎手は即結果を出す事が求められ(=拙騎乗はクラブ会員からクレームが来る)若手騎手が育たない…と問題になってるが、それをほとんど最初に経験した人と言って良い。自宅が横浜市(関東のホースマンなら普通美浦トレセンの近くに居を構えるものだ)、4月以来騎乗無しと来ればもう忘れられた存在と言っても過言ではない。何とも寂しい、厳しい最期だ。合掌。
 そして競馬界に訃報がもう一つ。

新栄プロ西川会長が死去…歌手数多く育てる http://www.sanspo.com/geino/news/20121227/oth12122705040006-n1.html
>2012.12.27 05:04
bc113283.jpg
西川幸男氏 http://www.sanspo.com/geino/photos/20121227/oth12122705040006-p1.html
>2002年に死去した村田英雄さん(享年73)をはじめ、北島三郎(76)、藤圭子(61)ら多くの演歌歌手を育てた老舗芸能事務所、新栄プロの西川幸男会長が26日午前5時2分、間質性肺炎のため東京・台東区の病院で死去した。87歳だった。千葉県出身。
>葬儀は密葬で近く都内に親族が集まって営まれ、歌手で「新栄プロ」社長の長男、賢(けん、芸名・山田太郎=やまだ・たろう)氏(64)が喪主を務める。本葬は来年行われる予定。
>西川さんは1958年に新栄プロを設立し、演歌、歌謡界を牽引。85年に賢氏に社長職を譲ってからは、会長として同事務所をもり立ててきた。また、北海道・北西牧場(現ウエスタンファーム)の創業者で、「ウエスタン−」の冠で競走馬を所有するオーナーブリーダー(現在は賢氏)でもあった。
>看取ったのは賢氏のほか、元妻で歌手、五月みどり(73)との間に生まれた次男のプロゴルファー、西川哲(44)、賢氏の長男で新栄プロの関連会社「シンエイファイブ」社長、西川剛(ごう)氏(30)ら5人。
>剛氏によると、西川会長は2週間ほど前に風邪をひき、その後こじらせたため、約1週間前に入院。この日、容体が急変して帰らぬ人となった。
>「礼儀作法に厳しい祖父でした。『あいさつは大きな声できちんとするように』と言われていました」と剛氏。その一方で、剛氏の事務所に所属する演歌歌手、さくらまや(14)に会うと、いつも「天才だ、天才」とほめていたという。続きを読む

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May 12, 2012

 船橋オートのCS中継視てたら、今節はサッポロビールカップ黒潮杯とあってアシ照沼嬢が突然「頂きます」つってグビグビ飲み出したからこっちが焦った。おいおいナンボ酒量底無しビール女王とはいえ生放送で…と思いきやノンアルコールっつうオチ。やられたorz 生コマーシャルなんて『3時のあなた』の桃屋やジャノメミシン、『小川宏ショー』のもしもしライオンのコーナー以来じゃないか?…まあ良いや。
朝日新聞デジタル:馬頭観音 ゆかりの地に http://mytown.asahi.com/wakayama/news.php?k_id=31000001205110002
>2012年05月11日
>◎馬愛した名調教師の遺族寄贈/江戸中期の作 高野山霊宝館へ
>競馬の名調教師として知られた故小野留嘉(とめよし)さんが長年所蔵した馬頭観音が昨夏、遺族によって高野山霊宝館(高野町高野山)に寄贈された。霊宝館の調査で、約260年前に高野山の僧侶が仏師に作らせた貴重な品であることが分かった。霊宝館は今後、一般公開することを検討している。
>霊宝館の友鳴利英学芸員(仏像彫刻史)によると、馬頭観音立像は木造で、高さ38.7センチ。光背(観音の背中にある光を表す飾り)の裏に彫られた銘文から、江戸時代中期の1748(延享5)年に高野山の僧侶が「龍慶」という仏師に作らせたことが分かる。友鳴学芸員は「細部まで丁寧に作り込まれていて、高い技術を持った仏師が作ったと考えられる。この時代の仏像で作られた年代や由来が分かるものは少なく、貴重」と話す。
>日本中央競馬会(JRA)によると、小野さんは北海道小樽市出身。1930年に騎手になった。JRAに記録が残る55年以降だけで843レースに出走し、53勝した。69年に引退後は調教師に転じた。69年のCBC賞や74年と77年のシュンエイ記念など、重賞6勝。87年に亡くなるまで現役を貫いた。
>馬頭観音を寄贈した小野さんの次女の安川トミ子さん(83)=愛知県稲沢市=によると、小野さんとこの馬頭観音の出合いは終戦から間もない46年1月ごろ。「自宅近くの神社から譲り受けたと聞いている」という。小野さんは玄関脇に祭壇を造り、朝晩に手を合わせて馬の健康や勝利を祈った。
>小野さんが亡くなったあと、長女のヒデ子さんがまつり続けたが、一昨年に死去。安川さんが受け継いだが、体力面などで「自分では守りきれない」と思い、光背の銘文に彫られた「高野山」の文字を頼りに霊宝館に連絡し、昨年8月に寄贈した。
>安川さんは「子どものときから熱心に馬頭観音にお祈りする父の姿を見ていた。大切な観音様なので、ゆかりのある高野山で末永く保存していただけたら」と話す。
>友鳴学芸員は「馬を愛した小野さんとご家族が大切に守られてきた馬頭観音なので、このご縁を大事にして後世に伝えていきたい」と話している。(山野拓郎)

はぁ…。良い記事は良い記事だがいかんせん古過ぎる。シュンエイ記念なんて知らんっつの。調べてみると

55歳岡部騎手、復帰ならJRA平地最年長騎乗 [News] http://keiba.radionikkei.jp/keiba/news/date/20040120/
>2004/01/20(火) 14:32
>JRA現役最年長の岡部幸雄騎手が今週の中山競馬で復帰すると新聞各紙で報じられている。
>岡部騎手は一昨年12月22日の有馬記念(コイントスで3着)以降休養に入っており、復帰を目指して調教で騎乗中の昨年11月28日に落馬負傷のため復帰が遅れていた。岡部騎手が24日に復帰するとなると55歳2ヶ月25日となりJRA最年長騎乗となる。
>過去の平地競走最年長騎乗は増沢騎手の54歳。
>JRAで過去行われていたケイガ速歩競走では68歳でレースに出場した小野留嘉氏の記録がある。
>地方競馬では九州でデビューし一旦引退して春木競馬でカムバック、その後福山で騎乗した津曲照男騎手が61歳で騎乗している。
>(JRA報道室発表資料による)

 >JRAで過去行われていたケイガ速歩競走では68歳でレースに出場
  した小野留嘉氏の記録がある

繋駕速歩競走!お手上げヽ(`д´)ノ

小野留嘉の近走成績|競馬データベース - netkeiba.com

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October 04, 2011

前輪ブレーキ付けず走行 競輪選手摘発 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111003/crm11100322450030-n1.htm
>2011.10.3 22:43
>宮崎県警都城署は3日、公道で前輪にブレーキがない自転車に乗っていたとして、道交法違反の疑いで、同県都城市早鈴町の競輪選手の男性(39)を摘発した。
>摘発の容疑は3日午後4時20分ごろ、同県三股町の県道で、前輪のブレーキがない競技用自転車を運転した疑い。男性は競輪のトレーニング中で、パトロールしていた署員が違反を発見、刑事処分の対象となる交通切符(赤切符)を交付した。
>ブレーキのない自転車をめぐっては、お笑いコンビ「チュートリアル」の福田充徳さんが9月末、後輪ブレーキを外した競技用自転車に乗っていたとして警視庁に交通切符を交付されたばかり。

都城つったら本田博だよなあ。
選手プロフィール|KEIRIN.JP
歳も一致するし。

 >ブレーキのない自転車をめぐっては、お笑いコンビ「チュートリアル」の
  福田充徳さんが9月末、後輪ブレーキを外した競技用自転車に乗っていた
  として警視庁に交通切符を交付されたばかり

無法ピスト乗り(ノーブレーキはもちろんだが、著しく悪い交通マナー等)への風当たり強まる中、競輪選手の街道練習もゴッチャに白眼視される傾向が強く、その都度「いやプロの競輪選手は違うんだ、ちゃんと一般道ではブレーキ付けて」って必死に関係者が擁護に回ってたの全てブチ壊し。万死に値するったらさすがに言い過ぎだが、しかしこの件に関しては厳罰を望みたい。どんだけ競輪と競輪選手のイメージ悪化させた事かヽ(`д´)!
 そしてシンボリルドルフの訃報(´・ω・`)

史上初の無敗3冠馬“皇帝”ルドルフ死亡 http://www.sanspo.com/keiba/news/111004/kba1110041331014-n1.htm
>2011.10.4 13:29
>JRAは4日、84年の3冠馬シンボリルドルフ(牡)が死亡したと発表。30歳だった。
>8戦全勝で史上初の無敗3冠馬となったシンボリルドルフは、その後も圧倒的強さでファンを魅了。“皇帝”の愛称で親しまれた。通算成績は16戦13勝。
>現役引退後は北海道門別町のシンボリ牧場にて種牡馬として供用され、種牡馬引退後は、千葉県成田市のシンボリ牧場にて繋養されていた。
>シンボリ牧場は和田孝弘代表は「この2、3日やや体調を崩しており、昨夜(10月3日)午後8時頃、体に震えが走るような状態になったので、獣医師が栄養剤を投与するなどして様子を見守りましたが、残念ながら本日(10月4日)午前3時、眠るようにしてこの世を去りました。最期は大往生だったかと思います。強かったルドルフの姿は、私だけではなく、競馬ファンの皆様の心の中にこれからも生き続けてくれると思います。とにかく今は、心から“ありがとう”という気持ちで一杯です」。
>ルドルフの全レースで手綱を取った岡部幸雄元騎手は「元気だと聞いていただけに、今朝報せを聞いてとても残念に思いました。思い出はたくさんありすぎて一言で表すのは難しいですが、“自分の人生の一部”とも言える馬でした。お疲れ様でしたという気持ちとともに、ゆっくり休んでくださいと言いたいです」とコメントした。

ハイセイコーのブームで競馬を知りTTG(=トウショウボーイ・テンポイント・グリーングラス)で競馬の面白さを知った俺だが、そのまま競馬にのめり込んだ訳ではなくブランクが有って、再び競馬への興味が再燃し出したのが85年の秋。だからリアルなシンボリルドルフの記憶というのは多くはない。それでも、後から振り返るだけでもその凄味は十二分に解る。クールな仕事人のイメージが強い岡部が、この馬(とその代表産駒のトウカイテイオー)に限っては饒舌になりはしゃぐエピソードは各紙誌に詳しい。

馬なり1ハロン劇場 総集編 甦れ!名馬たち (アクションコミックス)
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著 者:よしだ みほ
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発売日:2009-05-20
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また『一つの時代の終わり』か。合掌(-人-)

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March 03, 2011

日記・コラム 武豊オフィシャルサイト 毎日考えなければいけないことばかりです http://sports.nifty.com/take/cs/diary-column/diary-list/201103/1.htm
>2011年03月03日
>騎手会長としては看過できない重要な案件も急浮上してきていて、毎日考えなければいけないことばかりです。
>そうです、お察しの通り、幸英明騎手が行なった裁決に対する不服申し立てのことです。問題のレース(阪神2日目6レース)のとき、ボクは中山で騎乗していましたが、すぐにパトロールビデオで確認して裁決内容に対する違和感を感じていました。彼は、妨害をしたとされる内側の馬に対して、むしろかばいながら進路を取っており、外側から押圧されて仕方なく手綱を控えているのがわかるからです。それを一方的に加害者扱いされたのですから、不服申し立ての手続きをした気持ちもよくわかります。しかし予想された通りに、申し立ては「理由がなく、これを棄却する」の一文だけで門前払いと同じ扱いにされてしまったわけですが。
>1月にボクが騎乗停止の処分を受けたときも、その裁決に納得していたわけでは決してありませんでした。ただ、不服申し立ての制度を使おうと思わなかったのは、そうしたところで裁定委員会のメンバーは同じ側に立つ人たちで変わりがないことを知っていたからでした。しかし今、幸騎手の勇気ある行動を見て、まずはこの制度で本当にいいのか? を考え直すべきではないかと思っています。
>幸騎手がこの件をスポーツ仲裁機構に持って行くというのであれば、騎手会長としても武豊個人としてもできる限りの応援をしようとも考えています。これは裁決委員の皆さんと対立するというのではなく、制度そのものがこのままでいいのかを考え直すいい機会だと思うからです。
>個人的には、あの1月の騎乗停止のときに「これがアウトだとおっしゃるなら、今後もこの基準で行なってくれるんですね」と、捨てゼリフとも取られかねないことを言ってしまったのが、その後の騎乗停止連発につながってしまっているような気がして、暗い気持ちにもなっているところです。
裁定委員会|藤田伸二オフィシャルブログ「藤田伸二の男道」 http://ameblo.jp/fujitashinji/entry-10818993550.html
>2011-03-03 13:00:00
>結局、幸ただ1人対競馬会役職員5名の「幸を落ち着かせる会」にすぎないのか…
>今回の騎乗停止処分には、被害馬に乗っていた俺の意見も、もちろん必要であろう!
>レース後、俺はパトロール室に呼ばれ裁決委員から被害の大きさについて、説明された訳だが…
>もちろん、俺と謙一の間に「一瞬」のスペースがあったのは事実である!
>が…俺達騎手には暗黙の了解と言うか、危険防止の為に入ってはいけないスペースも存在する。今回、幸は「入ろうとしたが、止めた。そして控えざる得なかった。そこで俺と接触した。」と言うことだ。
>そこで俺は裁決に、確かに被害はあったが、「たいした事ではない!」と言い切りパトロール室をでて、幸に「大丈夫やで〜。」と伝えた。だが結果は騎乗停止となり、周りはア然となった…
>実に重すぎる制裁だ!!
>パトロール室を出る時に裁決委員は一言…
>「後はこちらで決めるから!」と確かに言ってたが、まさかのジャッジに、まだ納得のいかない幸がいるパトロール室を覗き、裁決委員に俺は「ウソやろ〜?」と言いに行ったが覆る訳もなく確定した。
>正直、確かに多少の被害はあったが、俺に言わせればアウトかセーフで言うと完璧に「セーフ」である。
>裁決委員は今回、良いか悪いかは「悪い」に判断をしたのだろう…
>暗黙の了解のスペースに入ろうとした幸本人も戒告か、僅かな罰金は覚悟していた。しかし騎乗停止にまでなると納得いかない幸の気持ちが、とても良くわかる。そのレースを見ていた、ほぼ全員が幸に同情してたのも事実だった。
>これが、現場での一部始終である。
>さて、今回幸が意義申し立てした事は正当だと思うし、幸じゃなくても起こしてたに違いない!!
>今年はユタカさんの騎乗停止も不可思議なジャッジだったし、この辺りで本気で話し合わないといけないだろう…
>そこで、今回の裁定委員会に興味をもったのは元騎手である岡部さんが参加してると聞いたからだ!
>幸も騎乗経験者が加わる事で大いに期待してたんじゃなかろうか…?
>気になって幸本人に内容を聞いてみると…
>結局、岡部氏は援護の言葉、意見一つなかったらしい。最終的には幸を退室させ役職員だけで棄却する形だったらしいのだ。
>そりゃ、過去これまで5件の申し立ても、すべて棄却される訳だわな。
>色々なプロスポーツがありますが、審判となる人間には免許を持つことは当たり前で審判をジャッジする人間も当然いるのが普通である!
>だが今の裁決委員には、レースに騎乗経験者もいなくて、もちろん彼らをジャッジする人間もいない現状だ。
>人事異動でコロコロと代わるジャッジメントではなく、本当のプロばかり(騎乗経験者)の裁決委員を作って頂けたら、ファンも関係者も納得すると思うのだが…
>皆さんは、どう思うだろうか?
>今回の幸の騎乗停止処分は本当に残念でならない。覆らなかった裁定委員会だが起こしただけ、価値はある!と思っている。
>すべては今後の競馬会の為になるだろうし、1騎手としての意見でもある。
>これを期に、みんなで立ち上がりたいね。

それこそグリーングラスの有馬記念とかまで遡っても良いが、不可解な裁定っつうのは昔から有って、でも昨秋の外人ジョッキー(敢えて誰とは言わない)辺りからずっと燻って来た審判に対する不信(「何で先週のアレがセーフなのに今回アウトなの?」…あるいはその逆)は騎手や競馬マスコミや、もちろん競馬ファンの間にもずっと蓄積されてて、それが今回顕在化し遂に爆発した。
 俺は競馬「も」やる人間で主戦場はオートだが、このブログで何度もネタにしてる様に浜松の車券はもう3年ぐらい、ただの一枚も買ってない。SGであってもだ。理由はあまりにも不可解な裁定が多過ぎるから、こっちの見立て違いで外したのなら反省するし、買った選手が他の選手に反則食らって外れたのなら己が不運を呪う、しかし審判の不可解な裁定のせいで紙クズにされたら場に火ィ着けてやりたくなるぐらい腹立つ、表現が不穏だけど。で、毎年4月になるたびレースをチェックし、そういう事象が起きると「ああまだ審判移動してないのか」と。同様の事は松戸や高松競輪でも個人的に有って、でもこっちは無事移動した様で、今は普通に打ってるけども。
 で、オートや競輪の審判は各地の競技会から出てて、だから基本施行者サイドの人間で、基本同地専業だ(他場のビッグレースのをお手伝いみたい、な事は有るが)。ところがJRAは一括施行だから審判もローテーション制、東京と中山で違う(ex.昨秋のジャパンカップと朝日杯)ぐらいならまだしも、同一場の先週と今週ですら裁定が甘い・辛いなんて事が起こる。これじゃ買えんて、浜松だけボイコットとかの自衛手段が取れないんだから。俺この一年で中央競馬の購入額激減してる、おっかなくて手ェ出せないもの。
 一対一でなく複数の人間が加害者・被害者である事も多いし同じ事象は二度と起きない、全ての人間が納得する裁定を下せと言うのは現実的ではない。しかし、だから放置して良いという事はもちろん無く、差し当たっての解決策としては各審判の担当場を固定する事だろう。抜群のコントロールを誇った元巨人の江川卓は「〇〇さん(=その日の主審)は低目を(大き目に)ストライク取ってくれるから」なんてトコまで踏まえてピッチングを組み立てたっつう逸話が有るが、同様に「小倉(←例えば)はメチャメチャ厳しく取られるからな〜」とか各騎手が把握してる方がレースもやり易いし安全だろう。買う側だって、場によって裁定にバラツキが有っても、まだこの方式の方が納得行くというもんだ( ´-`)y-~~~

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October 20, 2010

 標題の解は福岡ではない。そのさらに北に対馬が有り、そこは長崎県、が正解。

【動画】対馬初午祭で対州馬レース 岡部元ジョッキーら迫力の走り http://www.nagasaki-np.co.jp/douga/20101017/05.shtml
>第9回対馬初午(はつうま)祭(実行委主催)が17日、対馬市上県町瀬田の市営目保呂ダム馬事公園であり、地元騎手らが出場する目玉行事の対州馬(たいしゅうば)レース「馬とばせ」に約1500人の観客が盛んな声援を送った。
>対州馬は日本在来8馬種の一つ。温厚な性質で、最盛期には農耕馬として島内で4千頭以上が飼育されていたが、現在は約30頭しかいない。
>初午祭はもともと旧暦6月の初午の日に瀬田地区で開催。男児の健やかな成長を願う祭りで、馬とばせは余興の一つだった。対州馬の減少で一時途絶えたが、2002年に住民が地域活性化のために復活させた。
>レースは、河川敷に設けた250メートルの直線コースで実施。この日のために練習を重ねた地元騎手8人が争うトーナメント戦は、同市上県町の前田剛さん(31)が優勝した。「対馬記念」と題したレースでは、ゲストに招いた日本中央競馬会の元トップジョッキー、岡部幸雄さん(61)と地元騎手らが競走。砂煙を巻き上げる迫力あるレースを展開し、会場を盛り上げた。
>このほか景品が当たる流鏑馬(やぶさめ)ルーレットや、中学生7人のリレーと対州馬の競走などもあり、観客を楽しませた。 同公園は7月に募集した対州馬の赤ちゃんの名前も発表。235通の応募があり、対馬育ちの人気歌手、MISIAさんに最終選考を依頼。東京都の田村友美さんが応募した「奏(かなで)」に決まった。

こういう映像を簡単に視られる様になろうとは。良い時代になった(´∀`) にしても初耳だわ対州馬なんて(´・∀・`)ヘー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%A8%E6%9D%A5%E9%A6%AC>日本在来馬 - Wikipedia
うーむ。ウチは農家じゃないが隣がそうで、実家ギリまで隣家の田んぼだった。とはいえ俺のガキ時分ですらもうとっくに機械化されてて(TVではイセキやクボタやヤンマーの農機具のCMをしきりにやってた)、農耕馬というのは見た事が無い。乗馬経験も無い。競馬以外のトコロで馬を見たのは学校行事で動物園行った時だけっつうテイタラク。そんな俺が馬事文化とか言えた義理じゃないが、金も出さずに口を出す非礼も重々承知しているが、でも何とか続いて行って欲しいなと。価値を稀少性だけに求めるのは筋悪だけども、趣味の愛玩動物として飼うには高価だし手が掛かるし、かと言って競走馬として高値で売れる訳でなし、大変だろうけども。
 前ネタにした、夏の大井で見た相馬野馬追からこっち、馬観が変わりつつある。実家と旅打ちと都内散策以外の旅行を一切しない俺だが、これは生で体感してみたくなった。あ、岡部さんGJ。あとMISIAって対馬出身だったのね(´・∀・`)ヘー

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