園田オート

October 29, 2017

きょうの蔵出しNHK | NHKアーカイブス https://cgi2.nhk.or.jp/archives/today/?1029

最初のオートレースは船橋競馬の内回りコース(現在は使われていない)のさらに内側に造られた800mダート走路だったそうだが、
gp-course http://www.nankankeiba.com/info/funabashikeiba/images/gp-course.gif
この通り競馬のコースはオートのそれより圧倒的に横長で、だからオートと内回りコースは横方向にはかなりの隙間がある一方、ホーム&バックストレートは部分的に重なってる箇所もあったそうな。
 こんにち「ポンコツ」って言葉はTVのヴァラエティ番組でまともな受け応えが出来ないアイドルや若手芸人を指すものだが、本来はオンボロ車の意味だった。オートレースの初開催はNHKアーカイブスにあるように1950年だが、これって車検制度が自家用車にも導入される前年だ(タクシーやバスなど、二種免許の要る車両には30年に始まっている)。だから黎明期のオートでは四輪車レースも行われていたが、そんな調子でオイル漏れなんかも珍しくなかったし、そのオイルが馬場に噴霧されるため競馬サイドからは不満タラタラだったらしい。園田競馬の内馬場で僅か3ヶ月(!)だけ行われた園田オート ━━ あまりの売上不振に尻尾巻いて逃げ出した ━━ も同様のクレームが凄かったと聞く。
 バブル期、川崎競輪を川崎競馬の内馬場に移転しようとする案が出た事があるが、やはり競馬サイドからの猛反発に合い頓挫した事があった。ナイター照明関連設備を共用出来るからかなりのコスト圧縮になる面白いアイディアだったのだが、馬の調教に与える影響が大き過ぎる。全頭が小向トレーニングセンター在厩なら可能だったかもしれないけど、そうじゃなかったからねえ('A`)


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