マヤノトップガン

September 03, 2010

田原元騎手3度目逮捕、包丁突きつけ殴る http://www.sanspo.com/shakai/news/100903/sha1009030506001-n1.htm
>2010.9.3 05:04
>同居している知人の会社員男性(46)に暴行し、けがを負わせたとして京都府警七条署は2日、日本中央競馬会(JRA)元騎手、田原成貴容疑者(51)=京都市下京区=を傷害容疑などで逮捕した。
>同署によると、田原容疑者は8月29日午後3時ごろ、男性方のマンションの室内で、男性に「出ていってほしい」などといわれ激高。文化包丁を突きつけ、「1人殺すぐらい簡単やぞ」などと言いながら暴行し、頭や腕などに約1週間のけがを負わせた疑い。田原容疑者は、「オレにはオレの理由があった」などと供述しているという。田原容疑者は約8年前に男性と知り合い、今年1月から同居していた。
>田原容疑者は1978年にデビューし、天皇賞など重賞を含む1112勝を挙げ、98年に引退。調教師だった2001年、覚せい剤使用で逮捕・起訴されて有罪判決が確定した後、今年1月に大麻取締法違反での判決を受け、執行猶予中だった。今回が3回目の逮捕となる。

騎手の腕という部分に関しては、間違い無く超一流だった。得意の粘着力勝負に持ち込むため誰も想像だにしなかった逃げの手に出て、ロングスパートで押し切ったマヤノトップガンの有馬記念などその真骨頂だ。有名なサルノキング事件
Yahoo!スポーツ 競馬 - コラム 最強ヒストリー http://keiba.yahoo.co.jp/story/saikyou/haginokamuio/story-3.html
のお陰で今なおダーティーなイメージを持つ人は少なくないが、『モガミ(←懐かしいですな)』の冠号でお馴染み早坂オーナーに乞われ勝馬のトラックマンを辞めてマネージャーとなった古沢何といったか(失念)の著作からは、義理固さとか、それを支える信念の強さといったものが伺えた。曰く、当時は旧八大競走とそのステップレース以外での東西交流などほとんどなかった、だからたまの遠征は馴染みの店もバカやれる相手もなく、そんな時代、河内洋騎手(←当時)が東上すると決まって著者と飲み歩いたのだと。ホテルの部屋(=弟分の田原とツイン)で飲み直して、それで寝る段になると田原は率先してエキストラベッドを組み立て、文句一つ言わずそれで寝て、明け方著者が目を覚ますと河内が「喉渇いた」つって冷蔵庫の缶ビール開けて、すると田原も「僕も喉渇いた」…なんてなエピソードが。で、この問題のスプリングステークスの時、検量室に引き上げて来た田原は著者に抱き付き号泣したのだと。後日、八百長かと訊くと「絶対に八百長じゃない!」と即答したとも。常識的に、何がしかの指示が出てたに決まってるが、あくまで口を割らなかった。そういう固さ、強さを持っていた。
 今にして思えば、騎手引退後に調教師の道に進んだのが失敗だったかもしれない。自分が認めた男には進んで頭を下げるが、そうでない相手に対して…という気質は、昭和の時代ならいざ知らず、こんにちの調教師業には明らかに不向きだ。馬主や、自身が雇う助手や厩務員達も、田原の天才を理解してくれる人ばかりではない。調教師という立場は、騎手と違って自分の周りに居る人間が多過ぎる。そういう周囲の無理解が田原を追い込み、田原は道を踏み外し…('A`)
 いや、田原の犯した罪を正当化するつもりは毛頭ない。しかしそれでも、周りがもう少し何とか出来なかったのかとは思う。あるいはヤケになって、自分から周りに見放されるような態度を取って行ったのか。…もの哀しい話ではある( ´-`)y-~~~

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