October 23, 2018

平成の後世に残すほどでもないできごとの年表を作ろう - デイリーポータルZ:@nifty (林雄司) (2018.10.21 11:00) https://dailyportalz.jp/kiji/heisei-nenpyo

あったねえ。本当にいろいろとあった。政治・経済・スポーツ・芸能といったところはちゃんとしたマスコミ ━━ 半ば皮肉だ ━━ が年表作るだろうが、だからこそこううアプローチはあって良い。読んでてつくづく感慨深かったもの。
 バクチクラスタ的には【エヴァンゲリオン】か。しかしパチになってなかったら関係ない話ではある。俺的につながるバクチ話は、この記事で早々に出て来た大喪の礼。多摩地区に大規模な交通規制が敷かれるため東京新聞がJR中央線方面のKIOSKに納品(=トラック輸送)出来ない、だから人海戦術で何とかしたい…と会社経由で動員掛けられたのだ。で、俺は自分の分の梱包を抱えて品川駅(当時、東京新聞の印刷所があった)へ。着いて中央線ホームに上がるやすぐ青梅特快が来たので乗り込む。
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ここから道中やる事がないので、品川駅で仕込んだ競馬研究(現・研究ニュース)を読み込む。すぐ、最終レースのミホサンライズに目が留まった。
 前年の暮れに【ミホ】の冠号の馬主さんが亡くなっていた。この手の冠婚葬祭馬券はモノにするのがオールド競馬打ちいうものだ。で、実際直前節の東京開催でミホノカザンが目黒記念を逃げ切ってもいる。しかしその鞍上は大塚栄三郎、そしてミホといえばミホシンザン=主戦騎手は柴田政人。政人が絶対ミホの馬で「ヤリ」を決めて来る筈だ…とずっと網張ってたのだった。今日の雨が残るだろうから中山ダート千二は先手必勝、でもってただの逃げ馬じゃない弔い勝負!と来ればみんな空気読んで競り掛けに来ない。かくてこの日のギャラ5000円(実動3時間だから今だって破格だ。ましてや当時、東京の最低賃金は525円だったのだから)をそっくり同馬の単勝に突っ込んだ。
4歳上900万下 レース結果 | 1989年2月25日 中山12R - netkeiba.com http://db.sp.netkeiba.com/v0/?pid=race_detail&id=198906020112
見下ろしのレースだった。今なお俺の競馬人生で5本の指に入る会心の馬券だった、イヤ美味しゅうございました(゚∀゚)アヒャ
セイ・ヘイ (紙ジャケット仕様)
ジョン・ウッド
Pヴァイン・レコード
2014-01-08



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