February 27, 2017

船橋競馬場伝説の予想屋・ミスター船橋が語る、場立ちの極意「博才なくても予想屋になれるよ」|週プレNEWS http://wpb.shueisha.co.jp/2017/02/26/80617/
>[2017年02月26日]
>近年、経営悪化が続く、船橋競馬場(千葉県)に“生ける伝説”と呼ばれる男がいる。
>頼りない蛍光灯に照らされたスタンド下の通路には、8つの予想台が並んでいる。昔は2階にも予想台が並んでいたが、今は1階だけ。
>ほとんどの台が、客がいないか、いてもひとりかふたり。そんななか、ひとつだけ十数人の客に取り囲まれ、にぎわっているブースがある。
image 船橋競馬場内で連日、圧倒的な人気を誇る「ミスター船橋」のブース http://cdn.wpb.shueisha.co.jp/img/sp/2017/02/6cc90fc7039d51522d103a4adbc163bf_12f56315b493bf810ccd6a702ecd1893.jpg
>―博才(ばくさい)、あると思います?
>「ないね」
>即答だった。
>「博才なくても予想屋になれるよ。口がうまければ」
>職場の上司に連れられていった大井のオートレース場(73年廃止)で初めて予想屋を見た。
>「こういう雰囲気、好きだなーって。客を集めてね。俺に合ってると思った」
>アルバイトを辞め、一時、派遣社員として大井町の阪急百貨店の日曜大工売り場に務めた。しかし、ケンカ沙汰を起こし、千葉県津田沼の小さな店舗に飛ばされた。
>すると、そこの近所にオートレース場があった。船橋オートである。その偶然に運命を感じ、船橋オート、船橋競馬場、大井競馬場の3つを本拠とする予想屋の下に弟子入り。助手時代の給料は「つまんで、はい」と小銭をもらうだけ。数百円だった。
>一人前として認められるようになると、大井競馬と船橋競馬の開催が重なったとき、親方は大井競馬を優先し、ミスターは船橋競馬場の台を任されるようになった。
>●川村栄一(かわむら・えいいち)
>1946(昭和21)年10月14日生まれ、千葉県市川市出身。高校卒業後、楽器店のセールスマンを経て、予想屋の世界へ。主に船橋オート、船橋競馬場で約50年予想を売り続ける。
>(取材・文・撮影/中村 計)

経歴や人となり、予想屋稼業の内幕と興味深く読めたインタヴューだったが、「予想を売る」というより「人を売る」といった方が正確だな、ミスターの場合は。競馬とオートの二刀流だから苦労も倍だ、食って行く分には保険にもなるとはいえ(現に船橋オートは廃止になってるし)修行時代は大変だったろう。しかしそれにしても、

 >近年、経営悪化が続く、船橋競馬場

また思いっ切り言ってくれるねえ。事実とはいえ。

 >昔は2階にも予想台が並んでいたが、今は1階だけ

淋しい話だ…(´・ω・`)


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