June 23, 2016

【ボート記者リレーコラム】魂を揺さぶられたレース http://www.tokyo-sports.co.jp/race/boat/556418/
>2016年06月22日 10時19分
>開場以来、今年で60周年を迎えるボートレース住之江。これを機にボートレース界をけん引してきた住之江の歴史を簡単にひもといてみた。
>もともとは1952年に開場した狭山競走場(大阪府狭山町=当時)だったが、当初からの赤字続きと55年に起きた干ばつによる干上がりで閉鎖せざるを得なかった。
>その移転先となったのが、当時は低湿地帯だった現在の住之江レース場で、56年6月19日に開場。その後は時代背景の後押しもあり、売り上げ、入場人員ともに順調に伸ばし、61年8月には「ファンのために」という要望に応えるべく、第8回ダービーを開催した。
>☆若林 茂(わかばやし・しげる)=1968年1月30日生まれの48歳。法政大学卒業後、様々な職業を経て、2010年東京スポーツ入社。以来、大阪レース部に所属し、現在はボートレース住之江と近畿周辺の女子戦を担当。

これ競艇やってる人には初歩の初歩なんだろうけど、そうでない俺には全くの初耳で、かなり驚かされた。大阪狭山は南海高野線で難波から23分・堺東から12分なら場所は悪くない…ってのは今の感覚、住之江ですら単なる低湿地帯に過ぎなかった昭和2〜30年台(!)だと結構な田舎だったんだろうな。普通の大阪人が競艇やりたいってなったら尼崎行っちゃうか。ずいぶん前、テレ玉で『たかじん胸いっぱい(←この番組自体が、もうずいぶん前になってしまった)』をネットしてたのだが、一度「在阪5私鉄を色んな角度から比較する」って企画があって、そこで南海電鉄を「乗客のパンチパーマ率が5社中1位」と紹介し、「しかし尼崎競艇開催日は阪神電車に負ける」と続け演者とスタジオ観覧客がドカーン!とウケたのをよく覚えている。たかじん当時ですらそうなら、昔の競艇客はわざわざ狭山行くより尼崎ってのが当然だったんだろうな。
 それにしても、たった3年で閉場って杜撰にも程がある。やっぱ当時の狭山町では責任問題で上を下への大騒ぎ、町長リコールだ何だで色々と揉めたんだろうか。謎だ('A`)?

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