December 05, 2012

ヤマコウ引退会見「1番車脱ぐ時が潮時」 http://www.nikkansports.com/race/public_race/news/p-rc-tp1-20121205-1055778.html
03d449f6.jpg 涙ながらに引退会見した山口幸二(撮影・酒井清司) http://cache2.nipc.jp/race/public_race/news/img/hr-20121205-101-ns-big.jpg
>2日に行われた競輪祭決勝を最後に、24年間の現役生活に別れを告げた山口幸二(44=岐阜)の引退会見が4日、東京・千代田区のJKAで行われた。しんみりするシーンもあったが、ユニークなキャラが売りのヤマコウらしく笑いが絶えない会見になった。
>唐突感もあった引退だったが、山口自身は昨年からぼんやりとイメージしていた。「去年の高松宮記念杯の準決で深谷知広に離れた。オールスター決勝でも今までなら抜いていた展開で浅井康太を差せなかった」。脚力の衰えを如実に感じさせられたことはショックな出来事だった。それでも、昨年末には深谷知広−浅井の2段駆けを差し切り13年ぶりにKEIRINグランプリ(GP)を制覇した。しかし、それが引退を早めることになった。
>「日本選手権、宮記念杯と新チャンピオンが次々決まっていく。自分はもう、チャンピオンじゃないのに(GP王者の)1番車を着ていていいのか」と葛藤した。そして「1番車を脱ぐときが引退するとき」と決意した。
>引退は山田裕仁に真っ先に報告した。「何をやっても中途半端だった自分が山田を見て、いっしょに走りたいと思うようになった。彼がいなければ今の自分はなかった」。その山田からは「もう、練習せんですむからええなあ」と返され、拍子抜けしたという。
>今後は「自分を育ててくれた競輪界をバックアップできる仕事に就きたい」と話す。「やり切った。後悔はない」。山口の表情はすがすがしい笑顔だった。
>◆山口幸二(やまぐち・こうじ)1968年(昭43)7月29日、岐阜・大垣市生まれ。大垣西高卒。競輪学校62期を在校6位で卒業し、88年9月にデビュー。98年一宮オールスターでG1初制覇。同年と11年のKEIRINグランプリを制覇。通算成績は2040戦397勝。通算優勝は43回(GP2回、G1・1回、G3・13回)。通算獲得賞金は13億7058万5354円。
>◆引退報告会 今日5日、大垣競輪8R終了後、ホームスタンド前で先日の競輪祭でラストランを終えた山口幸二選手の引退セレモニーが行われる。
>[2012年12月5日9時21分 紙面から]
ヤマコウ「限界知った」/独占手記 http://www.nikkansports.com/race/public_race/news/p-rc-tp1-20121205-1055782.html
>2日に行われた競輪祭決勝を最後に、24年間の現役生活に別れを告げた山口幸二(44=岐阜)の引退会見が4日、東京・千代田区のJKAで行われた。名ライターでもある山口が引退の心境をつづった手記を本紙に寄せた。

 >まさか、自分にこんな力が残っているなんて…。競輪祭2次予選、準決勝を戦い終わった後の率直な感想だ。特に2次予選。今まで数え切れないぐらい一緒に走った小嶋のおしり。これがゲイ人気NO・1のおしりかぁ…と思うこともなく、これで見納めかぁ…と思うと自然に力が湧いてきた気がした。
 >そして、想像もしていなかった決勝戦進出。ファイナルは7着に終わったが、かえって自分の限界を知ってしまった。残り1周を切ったところで完全に息が上がってしまったのだ。
 >思い起こせば、山田裕仁の背中を見て24年間戦ってきた。山田に付いていければチャンスはある。そう信じて付いていった。それが現実になった98年、グランプリでの初優勝。山田が俺の手を取って、大観衆の前で祝ってくれた。
 >自分でもこれほど盛大な引退式をするとは思っていなかったけれど、これも山田をはじめ、弟の富生や周りの選手に支えられたからだ。
 >自分は競輪選手を引退することになったが、この魂はこれからグランプリを走る浅井康太や深谷知広、また中部の若手たちが引き継いでくれると思う。24年間、本当にありがとうございました。

>[2012年12月5日9時20分 紙面から]


 >今まで数え切れないぐらい一緒に走った小嶋のおしり。これがゲイ
  人気NO・1のおしりかぁ…と思うこともなく、これで見納めかぁ…
  と思うと自然に力が湧いてきた

全く最後の最後までw ヤマコウといえば俺が競輪覚えた年の、だから人生初のKEIRINグランプリ(=記事にも有った98年)で大儲けさせてもらって以来のファンだが、ヤマコウのヤマコウたる所以っつうか本性を知ってからはますますファンになって行った。けいりんマガジンで不定期連載されてたコラム・ヤマコウスポーツや別冊宝島、LB中洲通信に寄稿された文章の面白さには唸らされた。それはもちろん喋りでも。去年のKEIRINグランプリ@平塚では心情的に応援はしつつでもさすがに無理だよなと買わずに心底後悔したっけ。競輪やる頻度が激減してるため、その後もヤマコウの車券を一度も買う事が無いままこうなってしまったが、今さらどうこう言ってもしょうがない。お疲れ様、そしてありがとう。楽しかったよ(´∀`)

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