April 12, 2011

 地震で目が覚めた。NHK点けると震源地はチバラキ、てんでチバテレにすると『サブちゃんと歌仲間』orz 東日本大震災で千葉県も結構ヤラレてるため、チバテレは夜のニュースでもかなり詳しく電車運行状況とか給水所とか流してて、その感覚で居たらキム・ヨンジャ熱唱、L字画面どころかスーパーすら入らない。枠買取放送だからしゃあないとはいえあんまりな(´・ω・`)
 まあともかく今日は通院日。立会道路の桜並木は昨日の雨でヤラレた花びらが山盛り、これ結構放射性物質含んでるんだろうなーとか思いつつ病院へ。で、待合室の前で、誰かのケータイから地震警報アラーム鳴って、果たして3秒後ぐらいにユッサユサ。まあ人間慣れるもので、もう震度3ぐらいなら余裕、すっかりアトラクション感覚だ。って、こうしてナメて掛かってるトコに本当にデカいの来られるのが一番危険なんだろうけど。問診では薬を1種類増やす事に。で「お手数ですけど来月また来てください(今までは8週ペース)、地震の関係で」「はあ」診察室出るとなるほど張り紙が、製造工場ヤラレてる薬が有るのと被災地医療に差し支え出るといかんので30日を超える投薬処方自粛せい、と厚労省から来たと。こんなトコにも影響が、とはいえ措置そのものにはいたく納得。次いで血液検査、「さっき揺れた時どんなでした、正に針刺そうとしてる時だったりしたら」「アハハハ、大丈夫ですよ」つくづくここの看護士さんはプロ揃いだ(´∀`)

呪われた?「優木まおみ杯」 http://www.tokyo-sports.co.jp/writer.php?itemid=13127
>2011年04月12日 11:00
>マイナーリーグ(ボート)からメジャーリーグ(中央競馬)へ活躍の舞台を移した優木まおみ。ボートレースのイメージガール時代の知られざる逸話はいろいろとある。
>過去に多摩川で2回、彼女の名を冠にした「優木まおみ杯」が行われている。前回当コラムで1回目=07年1月の優木杯を制した毒島誠とのツーショット写真を掲載したが、2回目07年10月の優木杯を制した吉原美穂子氏(引退)とのツーショット写真はこの世に存在しない。理由は至って簡単。主役である優木が表彰式に姿を見せなかったからだ。
>こう書くとドタキャンのようにも聞こえるが、そんなことはない。他の仕事が入っており、表彰式欠席は予定通りだという。開催中にすでに告知されていたので、カメコ(カメラ小僧)が大挙して押し寄せ“暴動”になるようなことはなかった。
>それでもこんな疑念を抱いたのは記者だけでなかったはずだ。
>「開催日程は何か月も前からすでに決まっていたはず。メモリアルであるはずの優勝戦プレゼンターの大役以上に重要な仕事って他にあるのだろうか」と。そう考えると、すでに心ここにあらず、であったのかもしれない。
>結局、レース後の表彰式はビデオレターで出演という形になり、ファンの前で「同じ佐賀出身の吉原選手が優勝して私もうれしいです」とのようなことを述べたと記憶している。
>振り返れば、その優勝戦は悪夢のような出来事が起こっていた。1号艇で断然人気の浜村美鹿子氏(引退)が先マイして逃走態勢を築くも、BSで大きくバランスを崩して転覆。後続艇の川崎智幸も巻き込まれそうになり顔面蒼白でピットに戻ってきた。
>大本命の自滅で代わりに浮上したのが大外枠で全く人気のなかった吉原氏。偶然かもしれないが優勝した吉原氏はその1年半後の尼崎女子王座を最後に引退。そして浜村氏も翌年の下関女子王座後に電撃引退。当時、絶頂期でボート界を去ったのは衝撃的だった。
>優木まおみ杯を走った選手が数年後に次々と引退…。口の悪い関係者は「呪われた優木杯」と総括していた。

俺は過去、一度だけ競艇場に足を運び舟券生体験をしているが、それが正にこの優木まおみ杯だった(翌々日だかに本人がプレゼンターとして来場する運びだったから、初回の方だろう)。当時は例の『エロかしこい』というキャッチフレーズ付く前、こういう形でキャンギャルになれるぐらいにそこそこ知名度有ったグラドルだが、世間一般的には( ´,_ゝ`)フーン な存在だった。それで

 >開催日程は何か月も前からすでに決まってい
  たはず。メモリアルであるはずの優勝戦プレ
  ゼンターの大役以上に重要な仕事って他にあ
  るのだろうか

か。今のフジ『みんなのKEIBA』での評判がはかばかしくないのも道理だ、当時からこなし仕事、上っ面だけだったのか( ´-`)y-~~~

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