October 20, 2009

 メジロデュレンの死はこの前取り上げたばかりだが、スポ紙に出たのは今日が初、なもんで社でもこれが話題に。つっても
「あの菊花賞は参ったよな(2着の)ダイナガリバー調教メタメタでコメントも泣き入りまくりだったし」
「しかもゾロ目だし。救いが無い」
「嵐山特別勝って菊だったでしょう、それで1ヶ下のマックイーンも嵐山→菊だったからJRAアタマ来て翌年から前哨戦に使えないローテに変えちゃって」
「そそそそ」
「有馬は翌年でしたっけ」
「ユーワジェームスとの4=4、頭文字取って『ユメ』馬券つって話題になって」
「でもあん時4コーナー先頭でミスターブランディとハシケンエルドの1=1で回って来た時は日本はオシマイだと思った」
「うはははは」
「世代的にはデュレンの方が上でしたね」
「何が?ああ1ヶ下と比べて?」
「(メジロ)マック(イーン)居るじゃないの」
「いやそれは別格。他がサッパリ」
「ああ、ユーワはこの後AJCで安田富夫が吹いちゃって飛んで大波乱だった」
「サクラスターオーは死んじゃったしメリーナイスもあのザマだし」
「メリーナイスは根本でなかったらもう一つ二つ獲れてたんじゃない?」
「それは有る」
「確かに」
昭和競馬オヤジの回顧録はとどまるトコロを知らず、でも膨らむが故に話が逸れる逸れる、デュレンからどんどん離れて行く。同期にはダイナガリバーやアサヒエンペラー、すぐ1ヶ下の弟マックは天皇賞(春)父子三代制覇なんつう偉業を為し遂げた、それらの影に隠れ、確かに存在感の薄い馬ではあった。種牡馬としても、気性に問題有ったのか生殖能力の問題か、あるいは単に産駒が走らなかったからか、アッサリ廃用になったからまた余計に。
 一方、意外な形で同馬は競馬ファンの記憶に残る事となる。CSのスピードチャンネルで競輪番組のMCを務める樋口アナは、この当時ラジオ日本に所属し競馬番組の進行や実況、果てはCM読みまでやっていた。で、その競馬中継の合間に流れるビックライターのCMが樋口アナの声で「…緑。6枠。迷わず軸に選んだ。『メジロデュレンだ、メジロデュレンだ、メジロデュレンが先頭だ!』」あの菊花賞、の実況に被せてビックラーイター♪とコーラス。そういうCMが中継で以後暫く流れたので、他地区はどうだか知らないが少なくとも首都圏の競馬ファンラジオ日本派、には同馬の存在が強く刻み込まれる事となったのだ。オマそういう時のためにライター常時8色分持ち歩いとんのか?とツッコミ入れたくなるオマヌケCMに使われ長らくO.A.されちゃったら、ねえ。その印象が独り歩きし、同馬の成績にまつわる印象はさらに薄くなる。
 …まあでも、こういう馬も居る。そしてそれを不幸だとは思わない。もっと不幸な馬は佃煮にするほど居る、こうして語られるだけでも大したものなんだから。改めて、合掌(-人-)

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