April 03, 2009

 テレ玉『バッハプラザ』の大宮競輪の扱いにはやはり不満を感じてしまうが、これは俺が旧世代だから、というのは否定し難い。

NHKの討論番組で驚いたネットに対する認識不足 http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT33000024032009
>NHKの討論番組「日本の、これから テレビの、これから」に出演した。メーンゲストは民放連の会長、NHKの副会長、糸井重里氏、ジャーナリストの嶌信彦さん、そして私の5人。さらに各民放のプロデューサーや放送作家、そして視聴者代表の方々が加わった生放送の討論番組で、3月21日土曜日の午後7時半から3時間というゴールデンタイムに放映された。
>制作者の方々の現状への危機感が薄いように感じたが、ご覧になった方はどうであっただろうか。例えば、決まった時間にテレビを見るということが今後減っていくと答えたのは、制作者9人のうち、わずか1人。残りの8人は今後もタイムテーブルに合わせて視聴者が番組を見てくれると思っているようだった。
>視聴者代表のどなたかが言っていたような「昔と比べてテレビ番組の質が下がっている」という話では決してない。単にテレビの他に面白いことがたくさん出てきているのだ。テレビしか娯楽がなかった時代ではないのだから、必然的に、決まった時間にしか見られない番組は敬遠される、というか相手にされなくなる。
>絶対価値が変わっていなくても比較優位性が薄れているということに、テレビの制作者たちが感づいていないことは正直ショックであった。
>そして、嶌さんが「ニュースとスポーツこそテレビに向いているコンテンツだ」と言い切った(つまりマスが関心のある即時性のあるコンテンツ以外はネットでもいいということか)。
>[2009年3月30日]

 >単にテレビの他に面白いことがたくさん出てきているのだ

の『テレビ』を『3競オート』に置き換え論じる事も出来るが、それより俺が切実に感じたのは別の事。TBS『お笑い頭の体操』『8時だョ!全員集合』等を手掛けたプロデューサー・居作昌果は著書『8時だョ!全員集合伝説(双葉社)』の中で、放送メディアとしてはラジオの方が歴史が有り、また、TV黎命期には受像機は庶民にとって高値の花で普及するか解らん、だからTBSの様に両方やってる局では即戦力人材をラジオが取り、「ゴチャゴチャ言うてるとTVに飛ばすぞ」的扱いだった、という主旨の事を書いている。また日テレで『光子の窓』『九ちゃん!』『巨泉×前武のゲバゲバ90分』等を手掛けた井原高忠は、やはり著書『元祖テレビ屋大奮闘!(文藝春秋社)』で、映像メディアとしては映画の方が先んじてたため、撮影が長引いても「スイマセンこの後TVのスケジュールが」「TVなんか(!)待たせとけ」的扱いだったし石原裕次郎や宍戸錠の出演には『銀幕の大スターに出て頂く』って感覚だった、と述べている。で、そういう、メディアの主役の座をTVが他から奪って行く様を体感してる人は最低でも70代、だから今のTV界には居ない(出る側はともかく作る側には)。
 一方、今はどこのTV局も自社サイトを有してるが、これは最初に番組有りき、ネット主導のものはほとんど無いし、そこに携わってるのは専門部署の人間(もしくは外注)。今の番組制作の現場でもPCやネットは普通に使われてる筈だが、彼等が入社する前(=まだ学生だった頃)とはネット環境が大幅に異なる、当時の彼等はメディアの主役の座がTVが他から奪われて行くなんて考えた事も無かったろう。つまり今番組作ってる人編成してる人経営してる人、そういうTVの中の人達は、どっちも知らない谷間の世代の筈だ(物凄く広くて深い谷だが)。…そらTVがネットに取って変わられるって言われても、リアリティ持てんよな('A`)
 で、それは受け手である俺も、だ。世間一般に何事かを訴え掛ける時、TVというフォーマットよりネット配信の方が費用対効果が高いのは解り切ってて、でも、それでも、効果の絶対値では現状TVの方が勝るのもまた事実。だから大宮&西武園競輪(実体は日本トーター)の意図するトコロは存分に認めつつも『バッハ』や『ももチャリでGo!』捨てるの勿体無いよなまだ過渡期だろ早くないか、となってしまうのだ。3競オートは地上波の枠もっと買えよ、と。彼等に言わせりゃ、俺こそ地上波過大評価の時代遅れなんだろうけどさ( ´-`)y-~~~

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