多摩川競艇

May 15, 2017

仕事もプライベートも全部ギャンブル――坂上忍の仕事論 #2 http://bunshun.jp/articles/-/2425
>「文春オンライン」編集部2017/05/14
>坂上 本気の演技って、演技を取っ払ったところにあるんですよ。「坂上忍流ディープな夜遊び」で韓国に行ったときには、カジノで20万円を200万円にしたんです。その賭けをしているときは、人殺しみたいな顔をしてたと思いますよ。ギャンブルをやっていると、「ここなんだ」っていう勝負所があるじゃないですか。その瞬間を待ってやっているようなものなので、それがきたときはもう自分の顔なんてどうでもいいんですよ。ただ、その勝負に勝ちたいので。もちろん仕事ということは忘れてないけど、そこで放送禁止レベルの顔になれるかどうかってあるじゃないですか。それぐらい徹底的に遊んで、演技ではない顔を見せることが「ディープ」であり、「やり切る」ということ。 
img_ad48e21533552340bf14b8beeea96c2f525451 「坂上忍流ディープな夜遊び」韓国編。 カジノでも「やり切る」坂上さん。 http://bunshun.jp/mwimgs/6/a/-/img_ad48e21533552340bf14b8beeea96c2f525451.jpg
>――「ギリギリのところで勝負している感覚」を追い求めているように感じますが、それはプライベートでも変わらないのですか?
>坂上 そうですね。僕はもうすぐ50歳になりますけど、映画を観ても、音楽を聞いても、何かと似ていると感じる年齢なんだと思います。そうなると、どんどん刺激が得られにくくなっていくんですが、刺激を求める感覚は消えてないんですよ。ただ、それを自力で呼び起こすのはすごく大変な作業で。
   >その点でいうと、ギャンブルとか女性ってあまりにリスクが高すぎるから、刺激が枯れないんですよね。だから、休みになったらタクシーを拾って、平和島に行くんですよ。その途中で、やっぱり多摩川じゃないの?と思い、多摩川に変更するかどうか悩んで、いや初志貫徹だろうって平和島に行く。
   >そして僕と同じようなギャンブル好きに囲まれて、ギラギラした雰囲気の場所で「ごめんなさい、50歳まで生きてしまいました」と思いながら、「もう一回、ダメなことさせてください」とお願いして金を賭ける。僕は根っこがクズなんで、これに勝る快感ってあるのかなと思います。そうしてあり金がなくなって、なんで多摩川いかなかったんだろう……と後悔する(笑)。
>◆◆◆
>坂上忍/1967年生まれ。テレビドラマの子役としてデビュー。芸能プロダクション「アヴァンセ」を総合プロデュースする他、数々のテレビ番組で活躍。「バイキング」(毎週月〜金 11:55-13:45放送 フジテレビ系)ではMCを務めている。
>◆◆◆
>『坂上忍流ディープな夜遊び』(Amazonプライム・ビデオにて絶賛独占配信中、毎週金曜更新)
>坂上忍が本気の夜遊びを敢行。ギャンブル、歓楽街など「ディープな」場所でハメを外しまくる。地上波では放送できない密着ドキュメンタリー。
amzn.to/2jsWD7x
>◆◆◆
>構成:川内イオ 撮影:榎本麻美/文藝春秋

やっぱり良いわこの人は。紛れもなく「本物」だ。ちょっとパブ記事っぽいけど、坂上さんならではなところが良く出てて普通に読ませる、「命の次に大事なものをオモチャにして遊ぶ」ってな物言いがあるけど、バクチやってるとその辺が雑な感覚になってしまう事も少なくない、でも坂上さん、いつもそれを忘れない。その意味をきちんと背負って全力で勝負してるのが尊敬出来る。それでいて平和島か多摩川かと迷い、負けて後悔するクダリなんか最高だ。
 ワイドショーなりヴァラエティなり視てて、この人の意見や姿整に全面的に賛成する訳では決してないが、でも尊敬出来る。偉とするに足る人って少ないもんなあ(´-`).。oO

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February 26, 2014

東京シティ競馬(TCK) @tck_keiba http://twtr.jp/tck_keiba/status/438469613630676992
>TCK初の城西地区の場外です!(笑)⇒ 〜競輪場と競馬が日本初のコラボ!!〜 オフト京王閣の開設について 東京シティ競馬 : TOKYO CITY KEIBA tokyocitykeiba.com/news/9906 #tck2014
>2014/02/26 09:24:36
>14人がリツイート

(´・∀・`)ヘー

〜競輪場と競馬が日本初のコラボ!!〜 オフト京王閣の開設について http://www.tokyocitykeiba.com/news/9906
>2014.02.25
>東京シティ競馬(TCK)は、京王閣競輪場内に、大井競馬専用場外勝馬投票券発売所「オフト京王閣」を開設しますので、お知らせいたします。
>オフト京王閣は、第20回大井競馬1日目(3/30(日))から開設します。競輪場本場に「競馬」の場外発売所が開設されるのは日本初となります。なお、オフト京王閣はTCK初の会員制施設となり、3月5日から会員募集をスタートします。
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http://www.tokyocitykeiba.com/images/news/news20140224_01.jpg
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http://www.tokyocitykeiba.com/images/news/news20140224_02.jpg
>〜オフト京王閣 概要〜
>設置場所 : 京王閣競輪場 バックスタンド3階
>東京都調布市多摩川4-31-1
>延床面積 : 約1,600
>座席数 : 400席
>窓口数 : 9窓(有人払戻1窓含む)
>来場者見込 : 年間 約8万人
>勝馬投票券売上見込 : 年間 約10億円
>開設時期 : 平成26年3月30日(日)
>施主 : 株式会社京王閣(東京都調布市多摩川4-31-1)
>発売競走 : 南関東競馬(大井・浦和・船橋・川崎)全競走
>および全国の地方競馬の広域場外発売
>発売日数 : 年間約270日
>運営方法 : 会員制

>〜会員募集について〜
>募集開始日 : 3月5日(水)
>受付場所 : 〒182-0025 東京都調布市多摩川4-31-1オフト京王閣会員募集事務局
>オフト京王閣で配布される募集用紙に必要事項を記入し、事務局にお持ちいただくか、上記宛先へお送りください。
>入会金 : 1,000 円(開設にあたり入会金無料キャンペーン実施)
>年会費 : 無料

>※会員募集の詳細については、オフト京王閣(042−485−4045)までお問い合わせください(3月5日より)。


京王閣のバック3Fって、東日本大震災以降は節電を理由に本場Gレース開催時以外は閉鎖だっつう記憶が。で、改めて調べてみると、

 東京オーヴァル京王閣 - お知らせ http://keio-blog.weblogs.jp/info/2011/04/post-5a9e.html

やっぱそうか。とはいえ電力危機は遠退いたし、でもバック特観ずっと遊ばせとくのももったいないし、じゃあ他に貸しちゃえと。多摩川競艇や東京競馬(=JRA)も近いとあっちゃそれらの場外は無理筋、南関競馬が無難か。年270日稼働の8万人で10億円を見込むって事は毎日300人が1万チョイ、かなり控え目な数字に映るが、まあ大風呂敷広げるよか良いか。…にしてもなぜこういう時にオートレースの名前が挙がらんか。何のために日自振と日動振が一緒にJKAになったんだか('A`)?

Off Centre
Off Centre

アーティスト:The John Cameron Quartet
販売元:Vocalion
発売日:2005-05-29

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June 16, 2013

井の頭線、消えた延伸計画と「日本一」の三鷹球場 http://style.nikkei.com/article/DGXNASFK12033_S3A610C1000000/
>2013/6/14
>井の頭線の終着駅として栄えている吉祥寺駅だが、実は途中駅になる可能性があった。京王電鉄の社史、「京王帝都電鉄30年史」によると、吉祥寺駅からさらに北に延ばす計画があったという。どんなプランだったのか。事実関係を確かめるため、国立公文書館で資料をあさってみた。
>まず見つかったのは、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)が1948年(昭和23年)12月、運輸省(当時)に提出した文書だ。「久我山 田無間鉄道延長線敷設について」とある。
>さらに調べていくと、翌1949年12月に京王は違う申請を出していた。「計画を変更する」とある。久我山から分岐するのではなく、井の頭線を吉祥寺からそのまま延ばす、という。吉祥寺駅から田無駅へ向かい、さらには西武池袋線の東久留米駅(東京都東久留米市)まで延ばすプランに変わっていた。これが、井の頭線の延伸計画だ。
>文書には気になる記述があった。「申請中のものとして西武鉄道株式会社より武蔵境、東伏見間の地方鉄道敷設免許申請があるが競願関係とはならない」
>なんと、西武鉄道も近くで鉄道敷設を計画してた――。いったいどんな計画なのか。公文書館でさらに調べていくと、今度は西武が提出した文書が見つかった。
>西武が申請を出したのは1949年(昭和24年)10月のこと。京王が最初に免許申請してから1年とたっていない。
>東京都府中市の是政駅から武蔵境駅(武蔵野市)まで走る西武多摩川線を、西武新宿線の東伏見駅(西東京市)まで延ばす、という計画だった。1950年10月には一部を修正し、西武新宿線側の接続駅を東伏見駅から武蔵関駅(練馬区)に変えている。
>ほとんど同時期に同じエリアで路線が競合するのは偶然とは思えない。何があったのか。改めて両社の申請書を見比べてみると、どちらにも、ある施設のことが書かれている。その施設の名は「スポーツセンター」という。
imagehttp://www.nikkei.com/content/pic/20130614/96958A9C93819499E3E0E2E1E18DE3E0E2E4E0E2E3E1E2E2E2E2E2E2-DSXBZO5609771011062013000001-PB1-62.jpg
>終戦後しばらくして、武蔵野市を一大スポーツ拠点にする構想が持ち上がった。陸上競技場やサッカー場、プールにテニスコート、巨大な選手宿舎などを作るという計画だ。その中核を担ったのが、当時日本一ともうたわれた野球場、「東京スタディアム」だった。
>「東京スタディアム」は両翼91.4メートル、中堅128メートルもある立派な球場だった。収容人数も6万人近かったという。後楽園球場よりも大きかった。
>京王、西武の新路線は、この球場へのアクセス権を巡る争いでもあったのだ。
>都心部からかなり離れた場所に、なぜこれほど立派な野球場ができたのか。ジャーナリストの長沼石根さんによると、発案者は東海大学の創立者でもある松前重義氏だという。
>中島飛行機の工場があった広大な敷地に、戦後、武蔵野市がスポーツ施設を構想した。市がプロジェクトのリーダーとして目を付けたのは、市内在住の松前重義氏。逓信院総裁も務めた松前氏を三顧の礼で迎え入れ、何を目玉にするか議論した。
>関係者の多くは競輪場を主張したが、松前氏は野球場を強く推し、1949年10月、野球場建設が決まった。
image武蔵野中央公園に向かう遊歩道の途中に、武蔵野市が作製した看板があった。三鷹駅の北にかつて野球場があったことを示している http://www.nikkei.com/content/pic/20130614/96958A9C93819499E3E0E2E1E18DE3E0E2E4E0E2E3E1E2E2E2E2E2E2-DSXZZO5615193013062013000000-PB1-59.jpg
>さっそく松前氏は国鉄に話を持ちかけ、三鷹駅から中央線を分岐させることに成功する。中島飛行機が三鷹から工場まで物資を運ぶために使っていた引き込み線を利用したのだ。球場の前には「武蔵野競技場前」という駅を設置し、試合がある日は東京駅から直通運転を行った。
>さらには発足したばかりの国鉄スワローズなどプロ球団に声をかけ、1951年(昭和26年)からプロ野球の公式戦が行われるようになった。初戦の勝利投手は国鉄の金田正一。川上哲治、青田昇らスター選手が連日登場した。
>だが、活躍もここまで。なんとこの球場、たった1年しか稼働しなかったのだ。
>「春になると西の方の空が真っ赤になるほど紅塵が舞い上がるのが毎年のことであった。集まった観客にその紅(あか)い砂が舞い落ち、目の中に入って野球をみておれない」(関島久雄「中島飛行機の大きな工場と小さな鉄道、そしてその後」)
>当時、このエリアには連日強風が吹き、土ぼこりが舞った。グラウンドがかすむほどだったという。芝生が定着する前に見切り発車したことも響いたようだ。あまりに評判が悪かったため、オープン後1カ月で一時閉鎖して整備し直したものの、8月を最後に公式戦では使われなくなった。東京からの遠さも各球団の足が遠のいた一因だったようだ。
>運営会社は1953年(昭和28年)に解散。球場は1956年(昭和31年)に解体された。日本一の球場は、1年間稼働したあと放置され、わずか5年で姿を消した。
>野球場の挫折は、京王、西武の計画をも狂わせた。1958年(昭和33年)、当てが外れた両社はそれぞれ、新路線建設の申請を取り下げた。
>西武はこう記す。「申請当時と著しく事情が変化した」。いずれは東京五輪の会場にも、と意気込んでいたというだけに、関係者の無念は想像に難くない。(河尻定)

国鉄(=現JR)武蔵野競技場線の事は知っていた。だから同線のそもそもの由来である、幻の東京スタディアムの存在も一応知ってはいたが、しかし京王と西武の延伸計画は初耳だった。
 東京オリンピックは1972年、この当時としてはだいぶ先の話だし誘致活動も具体的にしてはいなかっただろうけど、それでも構想ぐらいはあっただろうし、それは大ブロシキだと笑い捨てるにはあまりにもったいない、魅力的なプランだったろう。そしてそのアカツキには一枚噛まさせてもらって…という遠大な計画はしかし、それを実現させるためには絶対に大成功させなければいけない最初の一歩で躓き、全てがご破算となった。拙速という言葉で片付けるには手にし損ねたものが大き過ぎる、歴史的分岐点だった。
 もし仮に、球場が成功し、後に同地が一大スポーツ施設となり両線が敷設されてたらどうなってただろうか?…まあ、考え出すとキリがなくなるので3競オートに限定するが、多摩川競艇へのアクセスルートが増えてる分だけ行き易くなってて、今よりもうちょっと栄えてたのは間違いない。
 逆に、当時の関係者の多くは競輪場を主張したとあるが、そうなってたらどうだったろうか?両線の計画はもちろんなかっただろうが、それよりも、野球場建設が決まった49年10月の前月(!)である9月、遊園地をクローズして競輪場に転換した京王閣が開業してる。西武園は翌50年春、立川は51年の秋だ。ここにも大きな影響を及ぼしたであろう事は想像に難くない。当時ですら「東京から遠い」と評され都心からの集客に苦労した三鷹のさらに先、立川は出来なかった可能性もある。逆に、それでも立川は強行して、多摩地区が蟻一匹入り込めない一大競輪エリアと化し、憐れ多摩川競艇は…となってたかもしれない。でも、競輪売上危機となり花月園がクローズしたのと前後して、オーヴァーストア状態の多摩地区も、結局はどこかしら無くなってる可能性が極めて高いよなあ。あと、京王閣の施行者である東京都十一市競輪事業組合には武蔵野市も参加してるが、これも違う形になってる筈だ。
 …いやホント、歴史的分岐点だったよな。良かったのか悪かったのか(’A')

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March 12, 2013

サーベラス:上場株価上げが狙いか…西武TOB http://mainichi.jp/select/news/20130312k0000m020087000c.html
>毎日新聞 2013年03月11日 21時18分
>米投資ファンド・サーベラスが西武ホールディングス(HD)株の公開買い付け(TOB)に踏み切る背景には、西武HDの株式上場を巡る両社の根深い対立がある。市場関係者からは「サーベラスの最終的な狙いは上場時の売り出し価格を引き上げること。TOBはその第1段階に過ぎない」との見方が根強く、株価を高めるため、路線廃止などのリストラ要求がさらに強まる可能性もある。
>12年中の上場を目指していた西武HDは12年10月、東京証券取引所に上場を申請した。関係者によると、昨年初めごろから、サーベラスは「上場時の売り出し価格が不当に低く設定されかねない」との批判を繰り返すようになる。
>企業価値向上の具体策としてサーベラスは、利用客の少ない西武山口線(西武遊園地駅−西武球場前駅)、秩父線(吾野駅−西武秩父駅)、多摩川線(武蔵境駅−是政駅)の廃止▽「レッドアロー号」など特急料金の引き上げ▽プリンスホテルのサービス料値上げ▽西武ライオンズの売却も含めた採算性向上の検討−−などを提案。しかし、西武側は「地域住民の足を奪うことはできない。目先の料金値上げは長期的経営上ではマイナス」などとして拒んだ。
>有価証券報告書の虚偽記載問題で、経営危機に陥った西武は、創業家一族の持ち株比率を大幅に減らすなどの改革を進め、少しずつ顧客の信頼を取り戻してきた。それだけに、路線廃止や料金値上げなど、利用者に負担を強いる方法はできるだけとりたくないとの意向が強い。株価を高くしてより多くの利益を得ようとするサーベラス側の姿勢は変わらない。両社の協議は平行線をたどり、結局、12年中の上場は実現しなかった。
>こうした中、サーベラスは事実上の敵対的TOBという強硬策に打って出た。TOBにより、持ち株比率を3分の1超に引き上げれば、会社の目的や組織に関する基本ルール(定款)の変更や、合併などの重要事項について株主総会で拒否権を行使できる。さらに「TOBで賛同者を集めながら勢いをつけ、株主総会で(議決権の)委任状争奪戦(プロキシファイト)を展開するつもりではないか」(市場関係者)との指摘もある。取締役選任に必要な過半数の議決権を集め、経営陣を一新。大がかりなリストラに踏み込ませるのでは、との見方だ。6月の株主総会に向け、両社の攻防激化は避けられそうに6月の株主総会に向け、両社の攻防激化は避けられそうにない。【宇田川恵】

 >◇サーベラス・グループ◇
 >92年に米ニューヨークで創設された企業再生を得意とする投資ファンド。米国の年金基金や機関投資家から200億ドル(1兆9200億円)超のお金を集め、運用している。07年5月には、独米の自動車大手ダイムラー・クライスラーから、北米部門クライスラーを買収(クライスラーは09年4月に破綻)した。

西武HD、悲願の再上場に暗雲…サーベラス「路線廃止」提案も http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130311/biz13031122400023-n1.htm
>2013.3.11 22:38
>会社再編の過程で18年1月に1600億円の資本増強を行い、うち1千億円を引き受けたのが米サーベラス。「二人三脚で経営再建を進めてきた」と西武HDの関係者は話す。
>だが、再上場に向けた準備の最終段階で、売り出し価格をめぐる思惑の差が表面化する。一部証券会社の算定では1株あたり1千〜1500円なのに対し、より大きな上場益を得たいサーベラスの想定は同2千〜2500円と、隔たりは大きい。続きを読む

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April 12, 2011

 地震で目が覚めた。NHK点けると震源地はチバラキ、てんでチバテレにすると『サブちゃんと歌仲間』orz 東日本大震災で千葉県も結構ヤラレてるため、チバテレは夜のニュースでもかなり詳しく電車運行状況とか給水所とか流してて、その感覚で居たらキム・ヨンジャ熱唱、L字画面どころかスーパーすら入らない。枠買取放送だからしゃあないとはいえあんまりな(´・ω・`)
 まあともかく今日は通院日。立会道路の桜並木は昨日の雨でヤラレた花びらが山盛り、これ結構放射性物質含んでるんだろうなーとか思いつつ病院へ。で、待合室の前で、誰かのケータイから地震警報アラーム鳴って、果たして3秒後ぐらいにユッサユサ。まあ人間慣れるもので、もう震度3ぐらいなら余裕、すっかりアトラクション感覚だ。って、こうしてナメて掛かってるトコに本当にデカいの来られるのが一番危険なんだろうけど。問診では薬を1種類増やす事に。で「お手数ですけど来月また来てください(今までは8週ペース)、地震の関係で」「はあ」診察室出るとなるほど張り紙が、製造工場ヤラレてる薬が有るのと被災地医療に差し支え出るといかんので30日を超える投薬処方自粛せい、と厚労省から来たと。こんなトコにも影響が、とはいえ措置そのものにはいたく納得。次いで血液検査、「さっき揺れた時どんなでした、正に針刺そうとしてる時だったりしたら」「アハハハ、大丈夫ですよ」つくづくここの看護士さんはプロ揃いだ(´∀`)

呪われた?「優木まおみ杯」 http://www.tokyo-sports.co.jp/writer.php?itemid=13127
>2011年04月12日 11:00
>マイナーリーグ(ボート)からメジャーリーグ(中央競馬)へ活躍の舞台を移した優木まおみ。ボートレースのイメージガール時代の知られざる逸話はいろいろとある。
>過去に多摩川で2回、彼女の名を冠にした「優木まおみ杯」が行われている。前回当コラムで1回目=07年1月の優木杯を制した毒島誠とのツーショット写真を掲載したが、2回目07年10月の優木杯を制した吉原美穂子氏(引退)とのツーショット写真はこの世に存在しない。理由は至って簡単。主役である優木が表彰式に姿を見せなかったからだ。
>こう書くとドタキャンのようにも聞こえるが、そんなことはない。他の仕事が入っており、表彰式欠席は予定通りだという。開催中にすでに告知されていたので、カメコ(カメラ小僧)が大挙して押し寄せ“暴動”になるようなことはなかった。
>それでもこんな疑念を抱いたのは記者だけでなかったはずだ。
>「開催日程は何か月も前からすでに決まっていたはず。メモリアルであるはずの優勝戦プレゼンターの大役以上に重要な仕事って他にあるのだろうか」と。そう考えると、すでに心ここにあらず、であったのかもしれない。
>結局、レース後の表彰式はビデオレターで出演という形になり、ファンの前で「同じ佐賀出身の吉原選手が優勝して私もうれしいです」とのようなことを述べたと記憶している。
>振り返れば、その優勝戦は悪夢のような出来事が起こっていた。1号艇で断然人気の浜村美鹿子氏(引退)が先マイして逃走態勢を築くも、BSで大きくバランスを崩して転覆。後続艇の川崎智幸も巻き込まれそうになり顔面蒼白でピットに戻ってきた。
>大本命の自滅で代わりに浮上したのが大外枠で全く人気のなかった吉原氏。偶然かもしれないが優勝した吉原氏はその1年半後の尼崎女子王座を最後に引退。そして浜村氏も翌年の下関女子王座後に電撃引退。当時、絶頂期でボート界を去ったのは衝撃的だった。
>優木まおみ杯を走った選手が数年後に次々と引退…。口の悪い関係者は「呪われた優木杯」と総括していた。

俺は過去、一度だけ競艇場に足を運び舟券生体験をしているが、それが正にこの優木まおみ杯だった(翌々日だかに本人がプレゼンターとして来場する運びだったから、初回の方だろう)。当時は例の『エロかしこい』というキャッチフレーズ付く前、こういう形でキャンギャルになれるぐらいにそこそこ知名度有ったグラドルだが、世間一般的には( ´,_ゝ`)フーン な存在だった。それで

 >開催日程は何か月も前からすでに決まってい
  たはず。メモリアルであるはずの優勝戦プレ
  ゼンターの大役以上に重要な仕事って他にあ
  るのだろうか

か。今のフジ『みんなのKEIBA』での評判がはかばかしくないのも道理だ、当時からこなし仕事、上っ面だけだったのか( ´-`)y-~~~

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December 02, 2009

 競馬の特別競走名には地名や花の名のレース名も有るが、新聞社やTV局名のレースも有る。競艇競輪オートは競馬と違い原則3〜6日間のトーナメント制で、『〇〇杯』とかの冠はその節全体に掛かる。いわゆるヒラ開催は『川口市営第10回2節』とかでも別に問題無いが、いかにもヒラ臭がして味気無い、てんで担当者が駆け回り協賛者を募る事になる。協賛つってももちろん賞金出す訳じゃない、副賞つうか記念品だ。今春の大宮競輪だったか西武園だったか、アサヒビールカップを優勝した上田浩にはスーパードライ1年分が贈られた(←テレ玉『バッハプラザ』で言ってた)。ここでも新聞社やTV局名のレースも有るが、まさか無料購読1年分とか貰っても嬉しくないだろうし、普通の記念品になる。毎日王冠は文字通りの王冠、東京スポーツ杯は高い置時計と昔何かで読んだ記憶が有る。
 さて、故・リアルスポーツ(=旧・内外タイムス)。中央競馬では3月中山のダート千八の準オープンが内外タイムス杯だったが来年以降はどうなるのか?…まあ、適当なレース名でっち上げるんだろうけど。今夏、大井競馬や船橋オートではリアルスポーツ杯やってたが、開催日程の年度の関係でまだこれからのトコも有る筈、そういうのはどうなのか?と調べてみたら来週の多摩川競艇がそうだった。

 競艇オフィシャルWeb http://www.kyotei.or.jp/infomation/news/200911/26_001.html

どうなるんだコレ。会社更正法とかでなく自己破産だから資産価値有る物は全て管財人の管理下、会社名義の副賞なんか贈れっこない。当日来場予定だったお偉いサンが自腹切るのか。いや、それやったら、表彰式の場に債権者がどこからともなく現れ
「そんな金が有るのならー、内外タイムス社はー、債務をー」
とかシュプレヒコールしまくって、優勝選手も居たたまれなくなって
「いや、あの、ここまでしてもらわなくても、その」
「いやいや気持ちですから!これは遠慮無く受け取ってもらって」
とか押し問答してる最中にも
「我々はー!断固としてー!」
とかの修羅場ならんのか。やー、一大スペクタクルだなこりゃ、ぜひ生で見たい…って、優勝戦月曜かぁ('A`)

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